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2009年8月9日日曜日

Prédica 「神(かみ)の愛(あい)の語り部(かたりべ)  -O narrador de amor de Deus -」

ルーテル・サンパウロ教会 8月9日 聖 霊 降 臨 後 第 十 主 日(緑)

聖書
 第一日課  アモス書7章10節~15節 (旧 p. 1438)
 第二日課 エフェソの信徒への手紙1章3節~14節 (新 p. 352)
 福音書 マルコによる福音書6章6b節~13節 (新 p. 68)

説教題  Prédica 「神(かみ)の愛(あい)の語り部(かたりべ)  -O narrador de amor de Deus -」

導入
 広島と長崎の原爆記念日、そして、終戦記念日の季節、平和を祈りながら過ごしています。
子 どものころ、父と母に連れられて、それぞれの町を訪ね、怖い写真をたくさん見て、小学生の自分には、戦争の悲惨さと平和の大切さという崇高なことよりも、 むしろ「怖さ」を感じ、暗い気持ちになったことを思い出します。NHKのドラマ「少女たちの日記」を見ました。爆心地から0.6キロの場所で建物疎開の作 業中に223人が亡くなった広島第一高等女学校の1年生の物語でした。亡くなった生徒の日記帳と遺族や友人への取材から構成されたドラマで、遺族である鹿 児島教会の会員もインタビューに出演しておられます。戦時下で思春期を過ごした少女たちのみずみずしい毎日が描かれ、それは重苦しい戦争ドラマではなく、 さわやかさせ感じました。そして、それが一瞬の原爆によって突然断たれたことから、戦争の悲しさと平和の大切さを訴えかけられたように思います。
 また、被爆体験の語り部たちが高齢になり、病状も悪化し、今まで黙していた人が覚悟を決めて、その後を継いでいく姿も、ニュースで報じられていました。

聖書に聞く
  今日の聖書には、イエス様によって、宣教に遣わされる弟子たちへの心構え、覚悟が語られ、その働きが語られています。今日は、原爆の日を覚え、また企画迎 える終戦記念日を思いながら、平和について考え、祈りたいと思います。また、派遣された弟子たちのことを学びながら、今の社会で生きる私たちのあり方につ いて、ともに聖書を学びたいと思います。
 日本のルーテル教会で、中学高校生向けに、毎週水曜日にパソコンや携帯にメールが届くようなメーリング リストがあります。先週私ももらったメッセージを読んで、考えさせられました。次のようなストーリーがありました:「キリシタン殉教の歴史を持つ長崎に、 原子爆弾が落とされて大勢の人のいのちが一度に奪われた時、生き残った長崎のクリスチャンたちは「これは神が与えた試練」と、あまりに大きすぎる悲しみや 苦しみに、恨むことなくただ黙って堪(た)えようとしたという。けれどもやがて、それではいけないと気がついた。なぜなら、その後も次々に新たな核兵器が 開発され、世界に広がっていったから。その流れを止めること、そのために、被爆したつらい体験を世界中に伝えることこそ、神様が自分たちに託した使命だと わかったそうだ。」
 つらい思いをした人は、それを語ることが平和のための使命だと、とらえて、平和の使者へと変えられていきました。
  私たちも、神様から頂いた、苦しみや試練や、そして、恵みや喜びを、神様からの使者として、人々に伝えていくことが願われています。弟子たちの派遣のよう な、大げさな出来事ではなくても、小さなことでもよいのです。そして、自分が苦しみを受けたので、人にも苦しみを与えてスッとするではなく。悲しみを与え られたから、無差別に他人に悲しみを与えるような出来事をしでかして、解消しようという、悪の連鎖ではなくて、キリストに十字架によって、方向が転換させ られることが必要です。

振り返り
 「爆弾には愛を」というキャンペーンと、講演会を数年前したことを思い出します。東京と京都と 広島で数年前に行いました。講師は、パレスチナ/イスラエルのベツレヘムにある、クリスマスルーテル教会の牧師、ミトリ・ラヘブ氏です。彼は、パレスチナ 人ですが、イスラム教徒ではなくて、代々のクリスチャンです。過激なイスラム教徒が自爆テロをしてイスラエルと対立が激化している様子がよく伝えられます が、パレスチナ人のクリスチャンも昔からいるのです。彼らは、イエス様がお生まれになったベツレヘムの降誕教会のすぐそばにあるルーテル教会に集まりま す。彼らが民族や宗教のぶつかり合いと戦いをやめて、対話とともに平和に過ごすことを模索し、平和活動と、困窮させられているパレスチナ人の開発援助の仕 事をしています。彼を日本に呼び、そして、翌年ボランティアを連れて彼の教会「ベツレヘム・クリスマス・ルーテル教会(Evangelical Lutheran Christmas Church, Bethlehem)」や「ベツレヘム国際センター(The International Center of Bethlehem)」を訪ね、とても仲良くしている同年代の牧師仲間で、ブラジルに来てからも彼とのメイルのやり取りをしています。
 「がれきの天使」 と名付けられたものがあります。天使の形をした飾りです。きれいな飾りですが、これは、もともとは、ガラスの破片から作られています。イスラエル軍が報復 と称してパレスチナ人たちの家や商店を砲撃し、粉々にされたガラスや、ワインボトルなどから、天使の飾りを作ることを思いついたのです。暴力の応酬で、互 いに、もはや信じることができなくなり、見境のない闘争に、少年たちも狩りたてられ、石を投げ、タイヤを焼き、やがては爆弾を体に巻いてテロに走る、それ に報復攻撃をして、家族を失い、それにまた報復する・・・。人間の罪のなせる終わることのない、憎悪と悪の連鎖です。ミトリ牧師は、暴力に暴力で報いるの ではなく、ただ悲嘆にくれるのでもなく、ガラスの破片で平和の天使を作り、人々の心に愛のともしびをともさせました。そして、それは、商品としても売れ、 彼らの困窮した生活を自立へと導く生活再建にも貢献させているのです。尊厳と、愛のある人々に変えることができています。

薦め
 弟子たちも、イエス様によって派遣されました。
 私たちも、教会から派遣されていきます。礼拝は、罪の告白から始まると、先週の説教でお話ししました。そして、礼拝は、派遣の部で終わっていくように形作られています。
 開会の部で罪の告白とゆるしの宣言。み言葉の部で聖書朗読と説教。奉献の部で献金と自分を捧げる祈り。聖さんの部では最後の晩餐の食卓を共に囲みます。そして、派遣の部で神様の祝福を牧師から受け、それぞれの生活の場に、戻るのではなくて、派遣されていくのです。
罪の中に生れ、罪や困難さをもつ私たちですが、礼拝の中でゆるしと神の言葉を聞き、心をもう一度新たに作りかえられて、感謝の捧げものをし、派遣されていくのが、毎週の礼拝です。
罪や挫折や憎しみを、神様の赦しにより、作りかえられて、愛と平和の使者として、派遣されていきましょう。私たちも、「戦争体験の語り部」ではありませんが、「神の愛の語り部」にされていきましょう。

祈り

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私たちの教会について

「教会といっても色々あるようで、よく分からないなぁ。変なとこじゃないといいけど・・・」とよく聞きます。私(牧師)も昔そうでした。そこで、簡単に説明します。(igrejaluteranajaponesa@gmail.com)

 ブラジル福音ルーテル教会(IECLB)は、宗教改革者マルティン・ルターの流れを汲む、歴史のあるプロテスタント・キリスト教会です。 世界ではルーテル世界連盟(LWF)を組織し、世界最大のプロテスタント教会グループとして、世界各地で伝道・奉仕・教育に携わっています。LWFの社会奉仕部門のほか、ACTを通じた難民や被災者の緊急支援、開発事情では世界で定評があります。
 ブラジルでは、多数の日系人や駐在の日本人の方々のために、1965年から日本人牧師が宣教師として派遣されています。
 教会では、日本語での礼拝やメンバー同士の交流に加え、ブラジルでの社会奉仕の働きにも取り組んでいます。ポルトガル語での礼拝も始めました。

 日本語の礼拝、ポルトガル語の礼拝に参加したい方、牧師に相談がある方、楽しい食事やお茶をしながら、わいわいと情報交換をしたい方、日本のことをもっと知りたい日系人の方、駐在や引越しでブラジルへ来てもっといろいろな情報や人脈がほしい方、どなたでも、お気軽においでください。

 教会では、日本語によるパソコン相談教室や、日本語教室も始め、地域の皆さんにも喜んでいただいています。

 まずは、メイルをいただくか、日曜日の礼拝に来てみてください。牧師が丁寧に紹介や説明をいたします。
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