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2009年6月28日日曜日

説教:「手を伸ばしなさい -Estende a tua mão-」


聖書箇所
第一日課   イザヤ  58:11~14
第二日課   2コリント  5: 1~10
福 音 書   マルコ  3: 1~12

説教題:「手を伸ばしなさい -Estende a tua mão-」
導入
  日本で臓器移植法の改正案が、議論されているようです。終わる命と、それによって、助かるいくつもの命。終わるというより、終わったと判断して、というと ころが、脳死ということと、判定というところの神様ではない人間の知恵から答えを出そうとする、難しいところだと思わされます。クリスチャンの提供者の遺 族から、死んでしまっても人の役に立つなら、こんな感謝なすばらしいことはない、と聞き、心動かされ、考えさせられたことを思い出します。

み言葉に聞く
  安息日に律法で禁じられている癒しをすることにより、手のなえた人は癒され救われましたが、これをきっかけに、イエス・キリストは殺されることになってい くのです。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。」人を救えば、自分を滅ぼしてしまうとい う、究極の選択。それを覚悟で、命を懸けてくれたイエス・キリスト。実は、イエス・キリストの人生と十字架の死は、それに尽きるのです。脳死判定と臓器移 植という事柄とは比較にならないほどの、もっと積極的な、徹底的な自己犠牲と、他者への奉仕だと思います。そこに現わされているのが神の愛です。

振り返り
  これに対していつもちぐはぐで対照的なのは、人間の心です。ファリサイ派の人々は、その場を出て行き、ヘロデ派の人々と、イエスをどうやって殺そうかと、 話し合いを始めます。そして、病気を治してもらおうと、たくさんの人々が集まります。自分が正しいと思うあまり大切なものを見逃してしまう気持ち、他者を 受け入れられない気持ち、あるいは、自分へのご利益だけや目の前の都合の良い問題解決だけを願う気持ちが溢れているのです。聖書の文字面だけを読んでいて も、目の前の奇跡だけを見ていても、大切なものを見逃してしまいます。一方、「イエスを見るとひれ伏して、「あなたは神の子だ」と叫んだ」「汚れた霊」の ほうが、イエス・キリストの本質を見抜いていたのです。

奨め
  しかし、私たちの不完全さと、弱さは、神様はご存知です。そして、そんな私たちに、「手を伸ばしなさい」と呼びかけてくださるのです。「手が萎えた人」、 それは私たちの人生をも表しています。逆に「心かたくなな人」にも「手を伸ばしなさい」と呼びかけられているはずです。
 そして、忘れてはいけな いのは、キリストご自身が、私たちに手を伸ばしておられるということ。その手は、きれいな柔らかな手ではなくて、その手のひらに、十字架に釘付けされた痕 がしっかりと付いているのを見逃してはいけません。その傷は、人々がこの正しい方を十字架に追い込んで殺してしまった証拠です。私たちが人を傷つけてしま うたびに、キリストの手に釘を打ち込み続けているのと同じ苦しみを背負わせていることを思い出します。
 リオデジャネイロのキリスト像。有名な観 光地で、たくさんの人が見物をし、写真を撮ります。狭い展望台から大きなキリスト像と共に自分たちをカメラに写そうとすれば、なかなか収まりません。人々 は、地面に寝転がって、地面すれすれから互いに写真を取り合っていて、とてもほほえましい光景でした。私は、カメラを向けながら、レンズを目一杯望遠に合 わせて見ました。キリストの両手を見てみたかったからです。しっかりと、釘の痕も刻まれていました。キリスト像の右手、左手を、アップで写真も撮ってみま した。この大きなキリスト像の、その手の小さな傷跡に気付く人はどのくらいいるんだろう?と思いながら、山を降りました。
 キリストが私たちに伸ばしてくれているその手に、深い傷跡があることを思い、悔い改めと、神と人を愛することができるようになりたいと、思わされます。
 心が萎えていて何も出来ないときも、心かたくなになり、また心を閉ざしているときも、「さあ、手を伸ばして御覧なさい」とキリストは、呼びかけているのです。私たちの人生の、トラブルや困難さ、病気や迷いごとも、キリストは引き受けてくださいます。
 天地創造の画の神様もその手をアダムに伸ばしている。キリストも、その傷のある手を私たちに伸ばしている。私たちも、萎えた手を、神様に向かって、新しい明日に向かって、そして隣人に向かって、伸ばしましょう。

祈り

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私たちの教会について

「教会といっても色々あるようで、よく分からないなぁ。変なとこじゃないといいけど・・・」とよく聞きます。私(牧師)も昔そうでした。そこで、簡単に説明します。(igrejaluteranajaponesa@gmail.com)

 ブラジル福音ルーテル教会(IECLB)は、宗教改革者マルティン・ルターの流れを汲む、歴史のあるプロテスタント・キリスト教会です。 世界ではルーテル世界連盟(LWF)を組織し、世界最大のプロテスタント教会グループとして、世界各地で伝道・奉仕・教育に携わっています。LWFの社会奉仕部門のほか、ACTを通じた難民や被災者の緊急支援、開発事情では世界で定評があります。
 ブラジルでは、多数の日系人や駐在の日本人の方々のために、1965年から日本人牧師が宣教師として派遣されています。
 教会では、日本語での礼拝やメンバー同士の交流に加え、ブラジルでの社会奉仕の働きにも取り組んでいます。ポルトガル語での礼拝も始めました。

 日本語の礼拝、ポルトガル語の礼拝に参加したい方、牧師に相談がある方、楽しい食事やお茶をしながら、わいわいと情報交換をしたい方、日本のことをもっと知りたい日系人の方、駐在や引越しでブラジルへ来てもっといろいろな情報や人脈がほしい方、どなたでも、お気軽においでください。

 教会では、日本語によるパソコン相談教室や、日本語教室も始め、地域の皆さんにも喜んでいただいています。

 まずは、メイルをいただくか、日曜日の礼拝に来てみてください。牧師が丁寧に紹介や説明をいたします。
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